紛争の内容
運送業を営む会社の法人(会社)破産でした。
私は、破産管財人として選任されました。
破産者との面談で特に問題となったのは、①支払停止後の預貯金の不透明な流れの確認、②解雇した従業員のうち退職金を主張している者があるため退職金請求権の確認、でした。

交渉・調停・訴訟等の経過
破産者との面談を実施し、破産者に対し、①支払停止後の預貯金の不透明な流れの確認を綿密に行いました。
すると、説明のつかないお金があることが判明し、そのお金については、破産財団に支払うように指示をし、任意に数十万円の使途不明金を引継ぎ、破産財団を増殖させることができました。
破産財団は、破産管財人の費用を差し引いても余りがでることになったため、配当を検討しましたが、財団債権(租税など)が多額であったため、財団債権への按分弁済となり、一般債権者への配当までは見込めませんでした。
なお、ここで、②解雇した従業員のうち退職金を主張している者があるため退職金請求権の確認が問題となりました。
退職金請求権については、破産者や元従業員からの聴き取りを行ったうえ、以下のとおり判断しました。
財団債権とは、破産法第148条に定める請求権であり、租税等の請求権(いわゆる滞納していた税金)が典型例ですが、同第149条2項は、「破産手続の終了前に退職した破産者の使用人の退職手当の請求権(当該請求権の全額が破産債権であるとした場合に劣後的破産債権となるべき部分を除く。)は、退職前三月間の給料の総額(その総額が破産手続開始前三月間の給料の総額より少ない場合にあっては、破産手続開始前三月間の給料の総額)に相当する額を財団債権とする」と定めております。
●様の債権がこれに該当する場合には、財団債権として取り扱うことになりますので、「退職手当の請求権」(破産法第149条2項)に当たるのかについて、慎重に検討を実施いたしました。
結論から申しますと、債権届に記載のある退職金は、「退職手当の請求権」(破産法第149条2項)に当たらず、財団債権として取り扱うことができません。
理由としては、そもそも「退職手当の請求権」があるといえるためには、「未払いの退職金を確定する前提として、法人に退職金制度が存在する必要があります。退職金の支給基準の定め(就業規則、労働契約、労働協約等の定めや、退職金規程)がなければ、原則として退職金債権は発生しません。」(野村剛司「法人破産申立てマニュアル[第2版]223頁以下」)と考えられますところ、破産者の書類、破産者からの事情聴取、●様からの聴き取り等を踏まえると、破産者に、退職金規程等の退職金の支給基準の定めが存在しないことに争いがなく、原則として退職金債権は発生しないという結論になるからです。
加えて、たとえ退職金規程などの明文の定めがなかったとしても、●様の破産者に対する労働慣行としての「退職手当の請求権」が存在する可能性はないのかについて、更なる検討を実施いたしました。
しかしながら、破産法149条2項の条文解釈を専門書によれば、「ここでいう退職手当には、退職金、報償金その他名目のいかんを問わず、使用人の退職にともなって支払われる給付が該当する。ただし、その支給について、就業規則、労働協約、労働契約により使用者が義務を負っているものでなければならず、使用者の裁量により、恩恵的に支給されるものは含まれない。」(伊藤眞ほか「条解破産法[第3版]」1054頁以下)。
「漠然と退職金を支払う慣行があったということに基づき退職金の届出がなされたものの、支給基準が明確にならない場合は、「退職手当の請求権」として認めることにつき消極的にならざるを得ません」(川畑正文ほか「はい6民です お答えします(倒産実務Q&A)」326頁)」。
「使用者の裁量により恩恵的に支給されるものや、口約束で退職金の支払を約したというだけでは、一般破産債権には該当しても、財団債権や優先的破産債権には該当しない」(裁判所職員総合研修所「破産事件における書記官事務の研究」215頁以下)と整理されます。
本件では、仮に、●様の仰るとおり、退職金が支給された過去があるとしても、破産者において退職金の支給基準を定めていたことを裏付ける証拠が一切ないことからすると、過去の支給は「使用者の裁量により、恩恵的に支給されるもの」や「支給基準が明確にならない場合」、「使用者の裁量により恩恵的に支給されるもの」の範疇であり、結局、●様の破産者に対する「退職手当の請求権」が存することの根拠にはならないものと言わざるを得ません。
したがいまして、債権届に記載のある退職金は、「退職手当の請求権」(破産法第149条2項)に当たらず、財団債権として取り扱うことができません。よって、破産財団からの支払いの対象とはなりませんので、あしからずご承知おきくださいますようお願い申しあげます。

本事例の結末
財団債権への按分弁済を経て破産手続は終了し、法人は消滅しました。

本事例に学ぶこと
法人は個人とは別人です。
そのため、たとえご自身の会社であったとしても、会社の資金を個人の生活に流用するなどは原則としてできません。
仮にそのようなことがあると、破産手続の中で財団組み入れを求められる可能性があります。
破産者の申立代理人として携わる場合には、特に注意して指導を徹底しておかないと、破産者が苦しむことにもなりかねませんので注意が必要です。

弁護士 時田 剛志